これが松坂城の案内図です。
それほど大きな城には思えませんが、本丸を守るように東と南方向に複数の曲輪が配置されています。
曲輪の周りは石垣で囲まれ、敵の進入ルートとなる場所には門や櫓が建っています。
一目見ただけで、守りの堅い城に見えますね。松坂城にはどのような工夫があったのでしょうか。
松坂城を築いた名将「蒲生氏郷」とは
松坂城を築いたのは戦国の名将蒲生氏郷。
氏郷は近江の出身。主家が滅び織田家の人質となりますが、織田信長は氏郷を一目見て「只者ではない」と判断。
自分の娘を嫁がせることを約束します。
氏郷もこれに感謝し、生涯側室を持たなかったということで、このあたりがいい男感を出していますね。
合戦のとき氏郷は、目立つ兜を被りいつも前線に出ていました。
ともに戦う兵士たちは大将が先頭にいることに驚くとともに、討ち取らせまいと必死で戦うので蒲生軍は強かったとのこと。
ただ氏郷自身撃たれたこともあるので、大将の戦い方としては賛否両論があるということです。
また氏郷は千利休の弟子であり、茶の湯を嗜む文化人でもありました。
そんな氏郷を重く用いたのは豊臣秀吉も同じ。
小牧長久手の戦いの後、氏郷を伊勢12万3千石に封じます。
はじめ氏郷は織田信雄が使っていた松ヶ島城に入りますが、手狭だったことから新しい城を築くことにします。
そこで目を付けたのが平地の真ん中にポッコリ生えたような四五百森(よいほのもり)。
氏郷はこの丘を天守と石垣を備えた豪華な城に変えていったんですね。これが松坂城です。
氏郷は信長の居城安土城の普請に携わっており、城づくりに関しても当時最高クラスの知識を持っていたのでしょう。
松坂城防御の要は「本丸下段」?
松坂城が築かれた四五百森(よいほのもり)は標高約35mの丘。
丘の東に表門、南に裏門を設け、この二つの入口から城に入るようになっています。
城の中心本丸までのルートはいくつかあるのですが、これを見て一つ気づくことが。
それは本丸の東側にある「本丸下段」を絶対に通らなければならないということです。
どうやら松坂城の防御にはこの曲輪をいかにして守り抜くということが大切なよう。
その工夫がどのようにされていたのか、見てみましょう。
本丸下段を守る3基の櫓
松阪市役所から真っすぐ進んだところにある表門。ここが現在メインの入口となっています。
実はここはすでに城内。現在残っている松坂城はほんの中心部分。
昔は周りに広い曲輪があり、その外側を堀が巡る大きな城でした。
正面に見える石垣の上が「本丸下段」です。あそこをどうやって落とすかが松坂城攻略のポイントです。
とりあえず目の前の石垣がとにかく高いことがわかります。
なので、ここをよじ登って「本丸下段」に入り込もうというのは無理。
石垣に沿って右か左に進むしかありません。
松坂城にはたくさんの櫓があったようなのですが、二層櫓は5基しかなく(三層の天守を除く)、そのうち3基が「本丸下段」に設置されていました。
この3つの櫓がとても巧妙な場所に置かれています。
左に進んだ先に見えてくるのが出っ張った石垣。
この上に月見櫓という二層の櫓がありました。
これが本丸下段を守る一つ目の二層櫓です。
ちょうどこの櫓の下に門があり、それを突破して二の丸に入るのですが、櫓からは表門からここまでのルートが丸見え。
弓や鉄砲を放てば下を歩く敵兵はひとたまりもありません。
城を守る側にとって最高の場所にあるのが月見櫓なのがわかります。
表門から左に進んだ攻撃兵は、この櫓の下でバタバタ倒れることになったのでしょう。
反対に右に進んでみたらどうなるのでしょうか。
こちらのルートは比較的短い距離で本丸下段にたどり着けるようになっています。
しかし、この高い石垣の下で180度向きを変えて進まなければなりませんでした。
この石垣の上にあったのが本丸下段を守る二つ目の二層櫓、遠見櫓です。
遠見櫓からも下を通るルートが丸見え。敵兵をとても有利な場所から攻撃することができます。
さらに遠見櫓を曲がった先には助左衛門御門と呼ばれる門がありました(関ヶ原の戦いのとき徳川につくよう進言し家を救った家臣の名にちなんだと言われています)。
門の破壊のためにここに集まった攻撃兵はまさに遠見櫓の餌食に。
さらに門を挟んだ反対側には鐘ノ櫓という櫓があり、こちらからも攻撃できる仕組みに。
右からのルートは距離が短いとはいえ二つの櫓からの攻撃を食らうより怖い仕掛けになっていたのです。
少し戻って先ほどの左ルート。
月見櫓からの攻撃を何とかかわした先に現れるのが二の丸という広い曲輪です。
本丸下段へのルートは、突き当りを右です。
隠居丸(本居宣長の旧宅が移築されている)の手前で右に180度向きを変え進んだ先にあるのが中御門。
本丸下段に入るにはこれを突破しなければなりません。
そしてその上に建っているのが本丸下段を守る3つめの二層櫓、太鼓櫓です。
裏門からの道と二の丸からの道が丸見え。
敵兵の動きをすべて把握でき、移動することなく有利な状態で攻撃し続けることができる。
本当によく考えられた仕組みですね。
松坂城の中心本丸にたどり着くために絶対通らなければならない本丸下段。
この曲輪は高い石垣の上にあり、3基の二層櫓と2つの門によって守られていました。
攻撃側は常に上から攻撃される危ない場所を移動しなければならないのに対し、守備側はあちこちに兵を分散することなく、少ない人数でも城を守ることができたのです。